CENTER:奄美民謡「あさばな節」再考

CENTER:I型歌唱形式からII型歌唱形式へ

CENTER:A Reconsideration of 'Asabana-busi', an Amami Area Folksong&br;
CENTER:ーA Change in Singing Form from Type l to Type II−&br;

CENTER:[キーワード]奄美、民謡、歌唱形式、詞形&br;
小川学夫&br;


〔要旨〕&br;

 奄美民謡のなかに「あさばな」と名の付いた2系統の曲がある。いずれもかなり親しまれたも
のだが、1つは「&ruby(ちゅっきゃ){一切};りあさばな節」という名もあるように短い「あさばな節」、もう1つは文
字通りの「長あさばな節」である。前者が、不定型ないし8886詞(琉歌)の歌詞が複雑な歌詞反
復を持たずに、かつ上句下句の旋律が異なって歌われる(鵯型)なのに対して、後者は8886調歌
詞が、上句下句複雑な歌詞反復を持ち、かつ上下同一旋律(II型)で歌われるという特徴を持つ。&br;
 両者は、曲名とともに、よく似た旋律も出てきて、無関係の曲とはもちろんいうことはできな
い。そこで筆者は30年ほど前の論文で、両者のうちの「長あさばな節」を古い形とみなし、短
い「あさばな節」はそれから派生した歌と結論付けた。つまり、鵺型歌唱形式から鵯型への推移を
想定したのである。&br;
 しかしその後、他の民謡をも含めた歌唱形式の観察と分析の結果、真実はむしろその逆であっ
た、といわなければならなくなった。すなわち本稿の結論は鵯型「あさばな節」から、鵺型「あさ
ばな節」へ変遷したということである。&br;

(目次)&br;
#contents()


**1. はじめに(凡例を含む)&br; [#lb78eee5]

 奄美諸島でも、奄美大島、喜界島、徳之島に伝わる民謡「あさばな節」は謎の多い歌である。
先ず「あさばな」という曲名の由来が必ずしもはっきりしない。そして、特に奄美大島では、歌
い始めの歌として定着しているが、その理由も明らかではない。それにしても一番の問題は、曲
調のうえで、詞形のうえで、また歌唱形式のうえでかなり異なった種類の「あさぱな節」系民謡
が、島ごとに歌われていて、その相互関係が今も明確になっていないことである。&br;
 こうした問題を少しでも解明したいと、1970年、私は「「あさばな節」の研究」(「奄美郷土研
究会会報11号」)((島尾敏雄編「奄美の文化」(法政出版局1976)に同タイトルで再録)) を書いて発表し、79年にこれをいくぶん改変して拙著「奄美民謡誌」
(法政大学出版局)のなかに「「あさばな節」の成立一祝い歌からあそび歌へ」(第三章第一節)
としてこれを組み入れた。&br;
 ところが、研究を進めるうちに、これらの論文のなかで述べた結論が全く逆であることに気が
付いたのである。そこに至った理由は、けっして民謡の新しい採集資料が出てきたというわけで
はない。あくまでも理論構築上の過程で訂正を余儀なくされたものである。&br;
今回私なりの改訂をするに当たって、先ずここに用いる資料や表現は前2論文とかなり重複す
ることを了解いただきたいと思う。&br;
 考察の方法として、先ず3島の「あさばな節」系民謡の実際の歌われ方を、改めて詳しく観察
し分析するところから始めなければならない。&br;


〔凡例〕&br;

+一般には「朝花節」と書かれることが多いが、本稿では「あさばな節」で統一した。ただ、
「長あさばな節」に対する短い「あさばな節」をいう場合は、実際にはたくさんの名称があるが
ここでは「あさぱな節」と記し、現在奄美大島で「あさばな節」とは別曲と意識されているとこ
ろの、太鼓が加わり、テンポの速い歌だけは「&ruby(ちゅっきゃ){一切};りあさぱな節」とした。なお、「長あさばな
節」も「あさばな節」も「&ruby(ちゅっきゃ){一切};りあさぱな節」をもまとめた名称としては「あさばな節」系民謡、
ないし歌曲と記した。&br;
+本稿に引用した詞章は、筆者が採集したものと、文献からのものがある。表記に際しては
引用した文献で用いられている当字、改行、解釈などは必ずしもそのままではない。しかし、音
を表す部分だけは尊重した。&br;
 表記の原則は以下の通りだが、先ず詞章を歌詞、ハヤシコトバ、相手方ハヤシに分けた。
歌詞についてはいうに及ばないが、平仮名で記した。&br;
 「ハヤシコトバ」は広く解釈して、本来の歌を離すコトバだけでなく、音数調整のためのコト
バも、産み辞的なコトバも、歌詞以外のコトバを全てこれに含めた。ここでは片仮名で記した。
「相手方ハヤシ」とは、複数の人たちが歌を掛け合って続けていく場合、その歌詞を歌っている
当人以外の人たちが囃す文句のことである。これは、ハヤシコトバが用いられることもあるし、
歌詞の一部をとることもある。いずれもここでは(   )でくくった。&br;
 改行は、できるだけ比較や分析がしやすいようにその都度配慮した。&br;
 なお、引用に際して多くは左側に、今の原則で原文を示し、右側に訳文ほかを添えた。訳文は
引用の文献を尊重しながらも筆者の逐語訳である。&br;
+比較、分析の都合上、いくつかの曲の歌われ方について記号化したものがある。そのおり
次のような原則によった。&br;
 歌詞は、1句目、2句目、3句目・・・をA,B,C・・・と記した。なお、1句全部が歌われ
ずに、前半部分だけが歌われた場合は、例えば「*A」とし、後半部分だけの場合は「A*」とした。
なお、文中の「部分句」という表現はこの種のものを指したものである。&br;
 ハヤシコトバは、a、s、c・・・・・で記した。「ハレーイ」「ハレー」のような僅かな相違は「a」「a'」で示し、文字では同じ「ハレ」で表れても、初句を誘うものと、音数調整のものとでは性格的にはなはだ異なるので「a」「b」のように代えた。&br;
 相手方ハヤシは(a)(A)のごとく()でくくった。&br;
 なお、旋律型は「I」を用い、僅かに異なるものを「I'」とした。&br;
+音数律の数え方について、「ん」の扱いがいつも問題になる。実際の歌で、「ん」は拗音の
ように前の語と合わせて発音されたり、独立して1音に歌われたりと様々だからである。本稿で
は、文字化された以上1音に数えたが、分析の折りにはこの事情を考慮すべきである。&br;


**2. 奄美大島の「あさぱな節」系民謡 [#ka87b77e]

 奄美諸島の民謡は、実際の仕事の場で歌われた「仕事(労作)歌」、島の折り目折り目に歌わ
れる「行事歌」、そして娯楽といくぶん祝いの雰囲気を持った「歌遊び」といわれる場でうたわ
れる、いわゆる「遊び歌」の3種に分類される((拙著「奄美民謡誌」(法政大学出版局.1979)の「序奄美民謡の採集と資料化」、9-10頁)) 。特に最後の遊び歌は、三線(サンシン)
を伴奏に歌われるとこから「サンシンウタ」とか、「シマウタ」といわれているものである。
 本稿の主題とする「あさぱな節」系民謡は、ときに「行事歌」として扱った方がよいこともあ
るが、やはり遊びの席の「遊び歌」であるというのが一番相応しい。&br;
 なお、歌遊びは、一人の歌の上手が、多くの人に聞かせるというものではなく、そこに加わっ
た人みんなが、歌を掛け合う、いわば歌問答の場でもあるから、当然そこでの「あさばな節」も、
複数の人たちが短い歌詞を出し合って歌い続けていく、いわゆる掛け合い形式がとられるのであ
る。&br;
 現在、奄美大島では、ただの「あさばな節」といわれるものと、「&ruby(ちゅっきゃ){一切};りあさばな節」といわ
れるもの、そして「長あさばな節」が知られ、それぞれいろいろな時と場に応じて盛んに歌われ
ているが、その実際の歌われ方からみていくことにしよう。&br;

「あさばな節」&br;
 先ず、奄美大島で民謡をやる人なら誰でも知っていて、そして歌遊びの最初に必ずといってよ
いほど歌われるのが「あさぱな節」である。座を清める歌、声慣らしの歌という意識が強い。
 そして、奄美大島北部の一部の地域だが、「あさばな節」を歌った後に「長あさばな節」を続
けて歌うところがある。これは本稿の中心テーマである短い「あさばな節」と「長あさばな節」
の関連を考えるのに並要な事柄であり、当然後にも触れる。&br;
 なお、この曲は、「あさばな節」とだけいうほかに、いくつかの呼び名がある。「ちゅっきゃり
あさばな節」「いきちゃあさばな節」「ちゅっきゃり節」「いきちゃ節」「はやりあさばな節」「は
やり節」などと多彩である。&br;
 歌の旋律(節回し)からみると、集落や、同じ地域の人でも伝承者によってかなり異なる。何
人かの音楽研究家は、譜面で比較する限りA地区の「あさばな節」とB地区の「あさばな節」とは
全く同名異曲としかいえないものがあるといっている ((日本放送協会編「日本民謡大観(奄美沖縄)奄美諸島篇」(日本放送出版協会1993)には笠利町佐仁地区と瀬戸内町古志地区の「あさばな節」の譜面が載っているが、両者に共通した旋律線はほとんどみられない、といってよいだろう。)) 。つまり旋律だけでは、同じ系統
という決めてにはならないということであり、われわれは歌われる歌詞の傾向、その詞形、ハヤ
シコトバや相手方ハヤシ(歌掛けの際、相手方が歌の途中に離すコトバ)、歌の時と場等々の比
較を行わなければならないのである。&br;
 とりあえずは資料をあげてみよう。(奄美大島は南北に細長い島であり、歌もかなりの違いが
あるので、できるだけ北部と南部の両方を提示する)&br;

奄美大島北部笠利町佐仁の採集例((註3の著替、474-6頁、南政五郎、山下タケ子両氏歌唱の楽譜、詞章が掲載))&br;
#splitbody{{
1.ヨーハレ&br;
  まれまれなきゃうがでい&br;
  (イチヌカランヤ ナマヌカランヤイ)&br;
  なまうがみぃばィ&br;
  いちぃごろィ うがみゅかィ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
稀れ稀れに汝たちを拝顔して&br;
(相手方ハヤシ)&br;
今拝めば&br;
〔次は〕何時頃拝めるでしょう
}}

#splitbody{{
2.エーカナ&br;
  ふちょりぃよ はいぬかじぃ&br;
&size(12){(ヨイサヨイサー ヨーイサヨイヨイー)};&br;
  やまと やまがわがでゐ&br;
  ふちょりぃよ はいぬかじぃ&br;
#split
ハヤシコトバ
吹けよ南の風&br;
(相手方ハヤシ)&br;
大和〔本土〕の山川〈地名〉まで&br;
吹けよ南風&br;
}}


奄美大島南部瀬戸内町古志の採集例 ((註4の著書、476-8頁、勝島徳郎氏歌唱の楽譜、詞章が掲載)) &br;
#splitbody{{
1.ヤハレー&br;
  &size(12){いきゃとぅんべぇんにょ しまかやヨーイ};&br;
  &size(12){(イチヤヌカラン ナマヌカランヨ−)};&br;
  ヤハレーイ&br;
  かしぃがでゐ うがまらんむんぬハレ&br;
  &size(12){いきゃとぅんべぇんにょ しまかやヨーイ};&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
如何に遠いシマ〈里〉であること&br;
(相手方ハヤシ)&br;
ハヤシコトバ&br;
こんなに〔貴方を〕拝まれないのは&br;
如何に遠いシマであること&br;
}}

#splitbody{{
2.ヤハレーイ&br;
  &size(12){うむかぎぃぐゎぬ たたんちぃあんにゃイ};&br;
  (シマヨイチバン ムライチバンヨ)&br;
  ヤハレーイ&br;
  たしまひだみぃとぅてゐハレ&br;
  うむかぎぃぐゎぬたたんちぃあんにゃイ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
面影グゎの立たないことがあろうか&br;
(相手方ハヤシ)&br;
ハヤシコトバ&br;
他シマ(村)と隔たっていて&br;
面影が立たぬ事があろうか&br;
}}

#splitbody{{
3.ヤハレーイ&br;
  &size(12){にゃにゃりちゅんま ちきゃさんありぃば};&br;
  (イチヤヌカラン ナマヌカランヨー)&br;
  ヤハレーイ&br;
  あさまよま かよてハレ&br;
  ちゅりみりみり しらでゐうきゅみぃ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
もうほんの少し近くあれば&br;
(相手方ハヤシ)&br;
ハヤシコトバ&br;
朝も夜も通って&br;
一人〔貴方を〕見ずにおかれようか&br;
}}

 2地区、5首の「あさぱな節」の歌われ方をそっくり文字化してみたが、ここでその特徴を整
理してみる。&br;

(1)歌詞の傾向&br;
 歌掛けとは即興の世界であるから、どんな歌詞が歌われるは決まっていない。しかし、歌によっ
て傾向があることは確かである。特に「あさばな節」の場合は、その詞形が独特なのでほかの歌
では先ず歌われない。それで今残っている「あさぱな節」としての歌詞を調べてみるとそれは分
かるのである。&br;
 先の採集例だけでも恋人や愛しい人に、会う、会わないといった歌詞が多いことに気づくであ
ろう。実は、奄美の歌遊びは、かつては若い男女の社交の重要な場であった。そこで近代詩的な
叙悩時が歌われたとは考えにくいが、恋の駆け引きや心情吐露や揶揄などが、よく行われたもの
と推定される。&br;
 今相当数残されている「あさぱな節」の歌詞を見てみると、純粋な挨拶 ((例えば次の歌詞&br; ちょっとんでて はばかりながら/ごめん くだされませ/こぅぬやぬ おきゃくさま&br;(ちょっと出て 慨りながら/ご免 下さいませ/この家の お客様)&br;恵原義盛著「奄美の島唄歌詞集」(海風社1988)76-8頁))、祝い歌((例えば次の歌詞&br; ほこらさや いつよりまさり/なきゃとぅ こぅまゆらゆす/ほこらさや いつよりまさり&br;(誇らしさは 何時よりも勝る/貴方と ここに寄り会って/誇らしさは 何時よりも勝る)&br;註6の箸、81-2頁))、老人の青年に対する教訓 ((例えば次の歌詞&br; やまとぬちゅとう えんむしぶなよ/ふんぷ まきあげれば/しかちめさき ねんどねんど&br;(ヤマト〈本土の〉人と縁結ぶなよ/本帆 巻き上げて〔行ってしまえば〕/捕らえ先がないよないよ)&br;註6の箸、87頁))、世間の出来事 ((例えば次の歌詞&br; かてつぬ あぶらまんに/なりふり かけられば/ふれらんちゅぬ うんにゃうんにゃ&br;(嘉鉄〈地名〉のアプラマン〈口上手〉に/情けを かけられたら/惚れない人が いるかいるか)&br;註6の箸、67頁))、歌の良し悪しに関わるもの ((例えば次の歌詞&br; はんしょぬ なりみこぅい/ななふし きりこもぅみたる/はんしょぬ なりみこぅい&br;(尺八の 鳴る〔ような〕御声/七節 切り込んだ/尺八の 鳴る御声)&br;註6の箸、80頁))と多様だが、やはり恋歌が主流だといって差しつかえあるまい。&br;

(2)詞形&br;
 詞形的には、きちっと音数律が定まったものではない。この採集例の5首については、それぞ
れく9・6・8〉〈9・9・9〉〈11・11・11〉〈13・8・13〉〈13・8・12〉調になっているが、
今日歌われている「あさばな節」のどの歌詞もみんな不定形だといって誤りではない。ところで、
5首のなかで、〈9・9・9〉とく11・11・11〉が何かの意味を持つかとも考えられようが、私
は偶然だろうと思う。&br;
 問題は、「あさばな節」の歌詞を、もし3句体(ABC)と見なすなら、北部1と南部3の歌詞のよ
うに、1句目(A)と3句目に(c)が違う文句である場合と、これ以外の歌詞のようにAとBとが同じ歌
詞の場合に分かれるということである。&br;
 どちらが古い形かということは、経々に結護すべきではないが、私は後者(初句Aと3句目Cが
同じ方)が古い形だと思う ((「くるだんど節」も、主に奄美大島で歌われる遊び歌の一つだが、次のような歌詞ある。&br; 上句 うたちぁんな/くるだんど ぶしがで/うたちぁんな/&br; 下句 いとどぅある/いそやま むどぅりぬ/いとどうやる&br;(A 歌であろうか/B くるだんど節 までは/C(=A) 歌であろうか/&br; D イト〈仕事の掛け声〉であるよ/E 磯や山から 戻って来る人の/F(=D)イトであるよ)&br;「くるだんど節」は今は一人で上句、下句を歌ってしまうが、かつては別々に歌っていたことが分かっている。旋律構造からみても、明らかに鵯鵯現象が見られる。))。これと似た形を持つ歌に、「くるだんど節」という曲がある
が、これは即興で歌詞を作りやすいと、よくいわれることである。そして、現に今でも時々即興
の歌詞が生まれるのである。その理由は案外簡単なところにあるのではないか。歌う人は2句
(BC)作ればよいのである。1句目(A)は、最初に歌われはするが、実は頭のなかでは3句目の
繰り返し(念押し)なのである。&br;
 ゆえに、Cの部分をAの反復とみてはいけないことを強調しておきたいのだが、このことは後に
も必ず問題とされるであろう。&br;
 そして、意味上の区切り、あるいはまとまりからいって、A部分が上句、B部分が下旬であるこ
とも確認しておきたい。&br;

(3)ハヤシコトバ&br;
 歌詞を歌う前に、「ヨーハレ」「ハレカナー」「ヤハレー」といったハヤシコトバ(投ゲコトバ
といった方がよいかも知れない)が入る。他の奄美の民謡で、この形のものが皆無ではないが、
やはり珍しいケースである。&br;
 その理由は、このハヤシコトバの部分でもって、声の調整をすることにあろうかと思う。もと
もと「あさばな節」は、ほとんどの地域で歌遊びの最初に歌われるものであるが、それは座を清
めるものとか、声慣らしをするものといわれている。まさに最初の「ヨーハレ」で声慣らしをし
たのである。&br;
 今ひとつ、かつて人々は「ヨーハレー」と歌いながら次の歌詞を考え出したものだという。先
にも記したが、特に遊び歌は歌掛けが基本であり、昔は今以上に即興が尊ばれたはずである。し
かも「あさばな節」1曲で1晩中でも歌い続けていたという話があるほどである ((拙著「民謡の島の生活誌」(PHP研究所1984)の「歌掛けと即興精神」など参照。))。
 これで、冒頭の特別意味のないこの句も声調整と歌掛けに関連していることが明らかになった。
なお、奄美大島南部の例は、後半にも「ヤハレー」というコトバが歌われている。譜面をみる
限り、冒頭の「ヤハレー」とほとんど同じ旋律である。この形と北部型(冒頭1つだけのハヤシ
コトバをもつもの)との新旧関係については、後にまた触れることになろう。&br;

(4)相手方ハヤシ&br;
 ハヤシ(フェーシなどといわれる)とは、歌の調子をとったり、相手に元気や活力を与えるコ
トバのことだが、奄美民謡の世界ではそれが今も、しかつりと生きているといえる。本土の芸謡
化した民謡におけるハヤシがすっかり形式化し、歌う人も蕊子方として職業化、専業化したのに
比べると大きな違いである。&br;
 「あさばな節」の相手方が歌うハヤシは当然のことながら即興で作られたものが多く、意味の
ない掛け声か、具体的な意味を持ったハヤシに分かれる。&br;
 「イキヌカランヨ ナマヌカランヨ」というのは、諸説あるが「今息を抜いてはいけない」と
いうことのようである。「ムライチバンヨ シマイチバンヨ」というのは、文字通り上手な歌い
手であることを称えたものである。採集例には入っていないが、「ガンヨガンヨ シミヨノガンヨ」
というのは、このコトバの上だけなら、「ガン(蟹)よ、ガンよ、住用(地名)のガンよ」とい
うものである。住用は沢蟹が多いところで、それをいっているのだが、実は「ガン」というのに
は「そうだ」という相づちの意味もあり、住用の蟹のことを歌っていながら、「そうだ、そうだ、
その通りだ」と、相手の歌に同意の気持ちを表しているのである。見事な言葉遊びである。
 かつ、このハヤシコトバは、上句と下句のちょうど分かれ目に入り、相手方にとっては、冒頭
の自分で歌うハヤシコトバと同様、歌詞を考えさせる余裕をもたせるものともいえる。&br;


(5)歌詞と旋律の対応&br;
 奄美大島南部の「あさぱな節」において、同じハヤシコトバが、ほとんど同じ旋律で歌われて
いることは(1)で述べた通りだが、歌詞のAの部分と、Cの分はほとんど、ないしかなりの部分
一致することが分かった。このことは、(3)に記した詞形の変遷と対応するものと考えられる。&br;

「一切りあさばな節」&br; 
 奄美大島南部のいくつかの地域に「一切りあさぱな節」と称する曲が伝わっている。歌遊びの
おしまいへんにもよく歌われるところから、「別れあきばな」ともいわれるようである。
 そして、この歌が「ほこらしや節」といわれる祝い歌と続けて歌われるということも重要であ
る。それは、奄美大島北部に「あさばな節」が「長あさばな節」と対にみなされていることと関
係あると思われるからである。このことについては後に扱う。&br;
 さて、この歌は三線に太鼓も加わった軽快な曲であることから人気があり、今では北部の歌い
手も頻繁に歌っている。もう少し時代がたてば、その出自はほとんど不明になるであろう。&br;
 また、「一切りあきばな」というのは、先述の通りただの「あさばな節」の別名でもあるわけ
だが、太鼓が入っていることと、テンポが速く ((「あさばな節」と「一切りあさぱな節」の一節を歌う速度は、例えば坪山登氏(宇検村出身)の場合、前者は相方ハヤシを含んで約40秒で歌われ、後者は、やはり相方ハヤシを入れて約25秒で歌われる。(テープ「奄美民謡・坪山豊決定版」セントラル楽器1992)参照))、かつ旋律もかなり違っていることから
「あさばな節」とは全くの別曲と見なされていることは明らかである。ここでも1項目を立てて
扱うこととした理由である。文字化したものをみる限りでは、おそらく「あさばな節」と何ら変
わらない。採集例をあげる。&br;


奄美大島南部瀬戸内町諸数の例 ((セントラルレコードO-32,「武下和平傑作集」の武下和平氏歌唱の歌)) &br;

#splitbody{{
1.ハレーイ&br;
  ゆだんすんな はにぐる&br;
 (スラヨーイサ ヨイサノヨイヨイ)&br;
  いかぬ なまゆどみちハレ&br;
  ゆだんすんな はにぐるゆ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
油断するな羽黒魚&br;
(相手方ハヤシ)&br;
烏賊の生餌を見て ハヤシコトバ&br;
油断するな羽黒魚&br;
}}

#splitbody{{
2.ハレーイ&br;
  しまやねんど うとがしま&br;
  (イチヌカランヨ ナマヌカランヨ)&br;
  あわれ うなごぬくゎやハレ&br;
  しまやねんど うとがしま&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
&size(11){シマ〈ふるさと〉はない夫のシマが(わがしま)};&br;
(相手方ハヤシ)&br;
哀れなおなどの子はハヤシコトバ&br;
シマはない夫のシマ&br;
}}

#splitbody{{
3.ハレーイ&br;
 せっこぬとみ もらてくれれイ&br;
 (ソラヨイサヨイサノヨイヨイ)&br;
 &size(12){しようがちにゃ ばしゃぎんきりゃぱむハレ};&br;
 せっこぬとみ もらてくれれィ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
&size(12){節子(地名)のトミ(名前)を貰ってください};&br;
(相手方ハヤシ)&br;
正月には芭蕉着を着ても&br;
節子のトミを貰ってください&br;
}}

 この採集例では、3首ともA(=C)BC型になっていてA(≠C)BC型ではないが、「あさばな節」で
歌える歌詞であれば、全て「一切りあさばな節」で歌えることは事実である。よって、歌詞、詞
形、ハヤシコトバ、相方ハヤシ等については、「あさぱな節」とそっくり同じなのであるが、た
だ「あさばな節」と一線を画すべき点は、テンポがきわめて速いことと、多くサンシンに太鼓が
加わることといえよう。&br;
 このことに一言付け加えるなら、奄美民謡の遅速化現象(−つの流れの曲が時代を経るごとに
歌われ方が遅くなってくること)はすでに確認された事柄であり ((註12の箸、191-3頁参照))、「一切りあさぱな節」
が「あさぱな節」の古形であることは疑いをいれない。&br;


「長あさばな節」&br;
 「長あさぱな節」は、「あさばな節」に比較しても、今日歌うことのできる人はきわめて少ない。
歌う時と場も、声慣らしといった軽いものではなく、婚礼、年の祝い、新築祝いなど儀礼的な祝
いの場で歌われることが多いようである。&br;
 「長あさぱな」の「長」というのは、歌詞を何度か反復して歌うことからきている。ここでは
下記の歌詞がどのように歌われるか、南北2つの採集例をあげる。&br;
 2例とも、歌われる歌詞は次のもである。&br;

#splitbody{{
きょぬ ほこらしやや&br;
いちよりも まさり&br;
いちも きょぬぐとに&br;
あらち たぼれ&br;
#split
今日の 誇らしさは&br;
何時よりも 勝って&br;
何時も 今日のように&br;
あらせて 下さい&br;
}}


奄美大島北部笠利町佐仁の例 ((セントラルレコードO-27、「南政五郎傑作集」の南政五郎氏歌唱の歌))&br;
#splitbody{{
1.ケエーイ&br;
 きょぬ ほこらしやや&br;
 ハレーイ&br;
 いちィよ&br;
&size(12){(ヨイサ ヌヨイー ヨイサーヨイヨイー)};&br;
 いちより ヨーイ もィまィさィリィ&br;
 ウセヒャイー&br;
 ヤハレー&br;
 いちィよィ&br;
 (ナツカシコロヤ ナマイジタンヨ)&br;
 いちィより ヨーイ もィまィさィリー&br;
&size(12){ (いちィより ヨーイ もィまィさィリー)};&br;
 ケーイー&br;
 いちもきょぬごとに&br;
 ハレーイ&br;
 あらィちィ&br;
 (シマイチバンジャ ムライチバンヨ)&br;
 あらィちたィぼィリ&br;
 ウセヒヤイ&br;
 ヤハレィ&br;
 あらィちィ&br;
 (ガンヨガンヨ スミヨヌガンヨ)&br;
 あらィいちィ たィぼイリイ&br;
#split
a&br;
A&br;
b&br;
*B&br;
(c)&br;
*B+d+B*&br;
e&br;
f&br;
*B&br;
(g)&br;
*B+d+B*&br;
a'&br;
C&br;
b&br;
*D&br;
(e)&br;
D&br;
e&br;
f&br;
*D&br;
(h)&br;
D&br;
}}


奄美大島南部瀬戸内町諸数 ((註14のレコードより同歌唱者))&br;
#splitbody{{
1.ハレーイ&br;
 きよぬほこらしゃや&br;
 ハレー&br;
 いちより&br;
 (ヨイサヨイサヨハレヨイヨイ)&br;
 いちよりも ハレ まさり&br;
 ウスセヒヤイ&br;
 ヤハレー&br;
 いちより&br;
 (イチヤヌカラン ナマヌカランヨイ)&br;
 いちより ハレ まさり&br;
 (いちよりも ハレ まさり)&br;
 ハレー&br;
 いちも きょぬごとに&br;
 ヨーハレー&br;
 あらヨイち&br;
 (ヨイサヨイサ ヨハレヨイヨイ)&br;
 あらち マタ ハレ たぼれ&br;
 ウスセヒヤイ&br;
 ヨハレー&br;
 あら ヨイ ち&br;
 (イチヤヌカラン ナマヌカランヨイ)&br;
あらちマタたぼれ&br;
#split
a&br;
A&br;
a'&br;
*B&br;
(b)&br;
*B+c+B*&br;
d&br;
e&br;
*B&br;
(f)&br;
*B+c+B*&br;
(*B+c+B*)&br;
a&br;
C&br;
g&br;
**D+h+D**&br;
(b)&br;
*D+i+c+D*&br;
d&br;
g&br;
**D+h+D**&br;
(f)&br;
*D+i+D*&br;
}}

 二つの採集例の詞章の歌われ方を比較すればすぐに分かるが、両者がほとんど重なることにつ
いては何ら疑念がないであろう。&br;
 ここで「あさぱな節」と同様、歌詞と歌唱形式上の特徴を整理しておきたい。&br;

(1)歌詞の傾向&br;
 この歌の歌詞傾向としては、先述の通り、「長あさばな節」は儀礼的な祝いの場で歌われるこ
とが多いので、歌詞も祝いの種類に応じたものが、その都度選ばれる。ここに例示した「きよい
ほこらしや」などは、どんな祝いにも共通する歌詞の一つといってよいだろうが、例えば正月に
は、&br;

#splitbody{{
 ぐゎんじつぬ しかま&br;
 とぅくもかて みれば&br;
 うやじるとぅ ゆじる&br;
 ゆわい ぎょらさ ((註6の著))&br;
#split
元日の 朝&br;
床に向かって 見れば&br;
ウラジルと ユズル葉の&br;
祝いが きれい&br;
}}

婚礼には、&br;

#splitbody{{
きゅうぬ ゆかろひに&br;
めをと まぐわいて&br;
つるかめの ぐとぅに&br;
さかえ ゆわを ((註6の箸、14頁))&br;
#split
今日の 良い日に&br;
夫婦 一緒になって&br;
鶴亀の ごとくに&br;
栄え 祝おう&br;
}}

新築祝いには、&br;

#splitbody{{
あらやしき こので&br;
こうがねびゃら うえて&br;
ももとがや うるち&br;
ふちゃる きょらさ ((註6の箸、39頁))&br;
#split
この屋敷を 好んで&br;
黄金柱を 植えて&br;
たくさんの萱を〔山から〕下ろして&br;
〔屋根を〕葺いた 美しさ&br;
}}

のような歌詞が歌われるようにである。といって、これらの歌詞が「長あさばな節」だけの歌詞
というわけではない。祝いに相応しいとされる曲は、このほかにいくつもあるから、詞形さへあ
えばどの曲ででも歌われる、いわば共通歌詞なのである。&br;

(2)詞形&br;
「あさばな節」「一切りあさぱな節」との詞形上の1番の違いは、この曲では8886綱(例外的
に8888調)のいわゆる琉歌調4句体歌詞が歌われるということである。今日では、「あさばな節」
「一切りあさばな節」と同様、いく首もある既成の歌詞を、時と場に応じて選別して歌うという
ことがほとんどである。&br;
 より時代をさかのぼると、即興で作られる場合もあったと思われるが、歌詞の作り易さという
点では、8886調歌詞より、「あさぱな節」「一切りあさばな節」の不定形の方が勝っていたのでは
ないだろうか。その理由の一つは、いうまでもなく3句体と4句体の違いにあると考えられる。&br;

(3)ハヤシコトバ&br;
 相手方ハヤシを除いて、佐仁の例が5種、諸数の例が8種もの異なったハヤシコトバが出てく
る。一つは「ケーイ」「ヤハレー」「ハレーイ」など「あさぱな節」にもよく歌われるもので、次
の句を誘い出すような性格のハヤシコトバである。それに対して「ウセヒアイ」「ウスセヒアイ」
の方は、歌詞の終わりに出てきてアクセントを持たせるような性格といえるかもしれない。((「ウセヒアイ」というこの系統のハヤシコトバは、奄美大島、徳之島の遊び歌「諸鈍長浜節」の歌詞の途中と終わりにもでてくるものである。))&br;
 問題は、「いちィより ヨーイ もィまィさイリー」「あらち マタ ハリ たぼれ」のような、
句の途中に割り込む産み字的なハヤシコトバである。これらは、先ず音数調整のために歌われる
ものが多い。例えば、奄美、沖縄の民謡や古典音楽では、上句下句を同じ旋律で歌うものがきわ
めて多数をしめる。そこで8886調歌詞を歌おうとした場合、最後の6音を8音分に長めて歌わ
なければならないのである。そのときは、1音を引っ張って歌うか、特に意味のないハヤシコト
バで補うしかない。この「あらち マタ ハリ たぼれ」の「マタ」はその典型である。その句
を強調して、離すという意識も全くなかったわけではないだろうが、私は音数調整を第一の要件
と見なしたい。&br;
 なお、このハヤシコトバが歌われる箇所は、決して不規則的にでてくるわけではない。上句下
句の歌われ方を比較すれば、そのことはすぐに分かる。&br;


笠利町佐仁の場合&br;
 上句 aAb*B(c)         *B+d+B* e f *B(g)              *B+d+B*(*B+d+B*&br;
 下旬 aCb*D(h)           D    e f *D(i)               D&br;


のように、[d]が上句だけに表れているのに対して、あと[a][b][e][f]はきれいに対応している。&br;

瀬戸内町諸数の場合&br;
 上句  aAa'*B     (b) *B+c+B* de B*         (f) *B+c+B*(*B+c+B*)&br;
 下句  aCg**D+i+D** (b) *D+i+c+D*dg**D+h+D** (f) *D+i+D*&br;

 一句のなかに割り込むハヤシコトバ(*B+c+B*)における[c]など)以外には、上句の[a][a'][d][e][c]
と下旬の[a][g][d][g][i]の位置関係は対応する。&br;

(4)相手方ハヤシ&br;
 歌われるコトバそのものが「あさばな節」「一切りあさぱな節」に出てきたものと全く同じで
あることが分かる。ただ、前者が上句下句の間に−つしか入らないのに対して、「長あさばな節」
では、実に5つの相手方ハヤシが入っている。しかし、それもけっして不規則に入っているので
はない。&br;
 笠利町佐仁の例でみるなら、歌い手が上の句を歌い終わった後に、相手方が4句目を繰り返す
形の(*B+d+B)が入っている。いってみればこれは上句下句の中間点といってよく、その上句
に(c)(d)、下句に(e)(h)が均等に配されている。&br;
 瀬戸内町諸数の場合は、上句下句はさらに均等であるといってよい。やはり上句下句の中間点
として(*B+c+B*)があり、上下句それぞれに(b)(f)という同じコトバが入っている。&br;
 つまりハヤシコトバにも、相方ハヤシにもみられたかかる上句下句均衡現象は、実は次の歌詞
と旋律の対応関係にも明らかにみられることなのである。&br;

(5)歌詞反復&br;
 「長あさばな節」の「長」が、歌詞を繰り返して歌うことかきていることは、先にも述べたと
おりだが、確かに複雑な歌詞反復をしている。(2)で示した歌い方の構造に従えば、両地域と
も次のような反復をなしていることがはっきりする。&br;

 上句 A*BB*BB
 下句 C*DD*DD&br;

 複雑とはいえ、全くの上句下句均衡形である。&br;
 ついでながら、これまで私は8886調歌詞が歌われる奄美民謡の歌詞反復の実体を調べてみたこ
とがある ((註2の著、第2章第三節の「反復形式」を参照。ただここでは部分句の反復は入れていない。))。その結果次のような形を抽出することができた。&br;

 ①AB/CD&br;
 ②ABB/CDD&br;
 ③A*BB*BB/C*DD*DD&br;
 ④AAB/CCD&br;
 ⑤AB/CDD&br;
 ⑥AB/CDCD&br;
 ⑦AB/*CCD*CCD&br;
 ⑧AB/CCDCCD&br;
 ⑨AB/CD/AB/CD&br;

このうち①と⑧は除いて、②から④までは上句下句均衡型というべきものであり、⑤から⑦ま
では不均衡型というべきものである。どちらが古いかという問題と、③のように(つまり「長あさばな節」の問題だが)なぜ[*B][*D]のような句が表れるかということについても、問題としなければならない。&br;

(6)旋律の反復&br;
 さて、以上は詞章を文字化して分析した結果、判明することがらであるが、旋律の反復につい
ての観察は採譜資料に頼ることになる。「長あさばな節」については、松原武美氏の論文「あさ
ぱな節考(1)」に5種採譜されており((「鹿児島短期大学研究紀要第17号」掲載の「朝花考(1)」に宇検村屋鈍出身の吉永武英氏、笠利町佐仁出身の南政五郎氏、瀬戸内町古志出身の勝島徳郎氏、瀬戸内町諸数出身の武下和平氏、笠利町用出身の池野無風氏、以上5氏の「長あさばな節」が採譜されて載っている。鵺型であることは明らかである。))、ここでもそれを使わせていただく。&br;
 結論的に、ハヤシコトバ、相手方ハヤシ、歌詞反復が上句、下旬均衡的であることに対応して、
旋律型も上句下句全く同じだということである。&br;
 繰り返すことになるが、&br;

 きおぬ ほこらしゃや&br;
 いつよりも まさり&br;
 いつも きょのごとに&br;
 あらち たぼれ&br;

という8886鯛の文句を歌うために、鵯・鵯と同一の節回しを用いたということである。すでに
私が使ってきた鵺型という用語((町田嘉章「日本民謡の詞形形態から見た時代性と地域性」[「日本民俗学体型14口承文芸」(平凡社1959)所収)]参照))をここでも使おうと思う。&br;
 なぜ、このような現象が起こるかを考えることが、実は「あさぱな節」系民謡の成立を解く鍵
になる、というのが私の見解である。&br;


**3. 喜界島の「あさぱな節」系民謡&br; [#we022645]

 喜界島では、近年ほとんど奄美大島の民謡が歌われることが多く、現在歌われている「あさぱ
な節」系の歌は、歌詞、ハヤシコトバ、相方ハヤシ、旋律、楽器などのうえで奄美大島のものと
なんら変わりがない。従って、喜界島を独立して扱う必要があるのか、という考えもでてくるの
であるが、少し時代を元に戻すと独自なものが全くないというわけでもなく、やはり−項をたて
ることにした。&br;

「あさばな節」&br; 
 私自身は喜界独自の「あさばな節」を採集していないが、明治生まれの三井喜禎翁が「喜界島
古今物語」のなかに「朝花節」として貴重な歌詞12首を替き残している((『喜界島古今物語」299-301頁))。&br;
 そのいくつかみると、&br;

#splitbody{{
 さみしぬや いじて&br;
 うたくぅいど まちゅり&br;
 わぬや じょにいじて&br;
 かなど まちゅり&br;
 ゆなか ざむしんや&br;
 いしゃゆりむ まさり&br;
 ねなちもる かなが&br;
 うずで きちゅり&br;
#split
三味線が出て&br;
歌声を待っている&br;
私は門に出て&br;
カナ〈恋人〉を待っている&br;
夜中の 三味線は&br;
医者よりも 勝る&br;
〔病気で〕寝ている カナも&br;
起きて 聞いている&br;
}}

#splitbody{{
 まくとある ちゅぬ&br;
 あとや いとまでむ&br;
 におい ふくふくと&br;
 てさじぬ かばしゃ&br;
#split
誠ある 人の&br;
後は 何時までも&br;
匂いが ふくふくとして&br;
手拭いの 香ばしさ&br;
}}

のように、8886調の歌詞なのである。1首だけ例外がある。&br;

#splitbody{{
 あそびずき とめららぬ&br;
 しまぬ しるくちに&br;
 あそび たてろ&br;
#split
遊び好きは 止められない&br;
シマ〈里〉の 両方に&br;
遊びを 仕立てよう&br;
}}

という10・8・6調不定形歌詞だが、これも以下の歌詞の8886調歌詞と明らかにつながるよう
である。&br;

#splitbody{{
 あそびすぃき わぬや&br;
 とぅむぃてぃ とうむぃららぬ&br;
 しまい しりくちに&br;
 とぅむぃてぃ あすぃぼ&br;
#split
遊び好きの 私は&br;
止めても 止められない&br;
シマ(里)の 尻口のへんで&br;
〔人を〕探して 遊ぼう&br;
}}

 残念ながら、喜界島のこれらの資料は歌詞だけで、ハヤシコトバ、相手方ハヤシ歌詞反復の有
無などは全く記されていない。しかし「あさばな節」の歌詞として8886調のものが用いられて
いたという事実は貴重である。徳之島の「あさばな節」にも8886調歌詞がでてくるからである。&br;

「長あさぱな節」&br; 
 昭和30年代に私は、明らかに奄美大島の「長あさばな節」の古形と思われるものを、喜界町
の志戸桶集落で採集した。古さを直感したのは、太鼓が加わっていたことと、歌のテンポがきわ
めて軽快で速かったことである。&br;
 その採譜は「日本民謡大観(沖縄奄美)奄美諸島篇」にもあるが、歌詞と詞章の歌われ方は以
下の通りである((註3の著、600-1頁に「長朝花節」として、森タメ氏歌唱の採譜、詞章が載る)))。&br;

歌詞&br;
#splitbody{{
 きょうぬ ふくらさや&br;
 いつゆりむ まさり&br;
 いつも きょぬごとに&br;
 あらち たぼれ&br;
#split
今日の 福らしさ&br;
何時よりも 勝り&br;
何時も今日の如く&br;
あらせて下さい&br;
}}

歌い方&br;
#splitbody{{
 アレ&br;
 きょうぬふくらさや&br;
 ヨーイ&br;
 いつゆりむ&br;
 アレイヤー&br;
 ヨーハレー&br;
 いつゆりむ まさィり&br;
 アレ&br;
 いつも きょぬごとに&br;
 ヨーイ&br;
 あらちエイヨイ&br;
 アレーヤー&br;
 ヨーハレー&br;
 あらち たぼりエイヨイ&br;
#split
 a&br;
 A&br;
 b&br;
 *B&br;
 c&br;
 d&br;
 B&br;
 a&br;
 C&br;
 b&br;
 *D+e&br;
 c&br;
 d&br;
 D+e&br;
}}

 前にならって、歌い方の特徴をまとめておく。&br;

(1)歌詞と詞形&br;
 奄美大島の「長あさぱな節」と同様、この歌はお祝いに相応しいものと意識されており、8886
調歌詞が、その場その時に応じて歌われる。&br;

(2)ハヤシコトバ&br;
 下句にみられる「エイヨイ」だけは、上句の音数に合わせるためのもので、あとは同じコトバ
が上下句均衡に出ていることが確認される。&br;

(3)相手方ハヤシ&br;
 このときは、−人だけからの聞き取りであったため、相手方ハヤシの確認はなされなかった。&br;

(4)歌詞の反復&br;
 上下句均等のA*BB/C*DD型で、奄美大島のA*BB*BB/C*DD*DD型に比べれば簡略だが、お互
いの関連はほのかに見えてくる。どちらが古い形かはこれからの問題であろう。&br;

(5)旋律の反復&br;
 譜面をみるかぎり、奄美大島の「長あさばな節」のようにほぼ完全に上句が反復されるという
形にはなっていない。しかし、9割方は一致しており、先にならえば鵺'型の歌としてよいの
ではないだろうか。&br;


**4. 徳之島の「あさぱな節」系民謡&br; [#v64126b5]

 徳之島の「あさばな節」系の歌は、伝承されている地域によって名前が異なる。なかで「亀津
あさぱな」「井之あさばな」「中山風あさばな節」などが、昔からよく知られたものである。今回
は、これに徳之島町母間地区の「あさばな節」を加えて検討してみることにする。&br;
 4者の歌の時と場にはいささかの違いがある。「井之あさばな節」だけが、祝いの席で歌われ
ることが多く、「亀津あさぱな節」「中山風あさぱな節」、そして母間「あさばな節」は他の遊び歌
と変わらず、特定の歌とは意識されていない。&br;
 それぞれの採集例をあげてみる。&br;

「亀津あさばな」徳之島町亀津((註3の箸、604-7頁に、福田喜和道、白井良道両氏による掛け歌の採譜、詞章が載る))&br;
#splitbody{{
1.イーヘーイ&br;
 あさぱなにぃん ふりいてぃ&br;
 わっきゃや ふいしぃてゐてゐ&br;
 (わっきゃや ふいしぃてゐてゐ)&br;
 はなぬ さうりゐや&br;
 わっきゃくとぅ うめぇぶしゃれぇ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
朝花に 惚れて&br;
私を 振り捨てて&br;
(相方ハヤシ)&br;
花が 萎れたら&br;
私のことを〔再び〕思って下さい&br;
}}

#splitbody{{
2.イーヘーイ&br;
 あしぃでぃ みぃじぃらしゃや&br;
 きにぃんばるぬ しぃみんじゃ&br;
 (サラバヨイヨイ)&br;
 うりぃゆりぃ みぃじぃらしどーや&br;
 &size(10){ハレーしいぎゃくむいく かんしょぼかやどぅり};&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
遊んで 珍しいのは&br;
喜念原〈地名〉のしみんじゃ〔の所の宿り〕&br;
(相方ハヤシ)&br;
それよりも 珍しいとこは&br;
&size(12){ハヤシコトバ しぎゃくむいこ かんしょ坊の宿り};&br;
}}

#splitbody{{
3.イーヘーイ&br;
 ゆなか ゆなとぅみが&br;
 ゆるかゆんでぇ みちぃぐゎ&br;
 (ゆるかゆんでぇ みちぐゎ)&br;
 でゐんぎぃちぃばな うちょちぃ&br;
 ちぃゆぬ しぎるされぇ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
夜中ゆなとみく人名〉が&br;
夜通う道グヮ&br;
(相方ハヤシ)&br;
リンギツ〈植物名〉の葉を おいて&br;
露が 冷たい&br;
}}


「井之あさばな節」徳之島町井之川((註3の箸、607-9頁に、前田政為、頂キヨ両氏による掛け歌の採譜、詞章が戦る))&br;
#splitbody{{
1.エーイ&br;
 くくぬゐぃぬ うちなん&br;
 ゆゑぇくぬでぃ うきば&br;
 (ゆゑぇくぬでぃ うきば)&br;
 ちぃきぬ たちがわりぃ&br;
 う−ゆゑえぐとぅ ばかりエーイ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
ここの家の うちで&br;
祝いを好んで おけば&br;
(相方ハヤシ)&br;
月の 立ち替わりに&br;
お祝いごと ばかり〔続く〕&br;
}}


#splitbody{{
2.エーイ&br;
 うゆゑぇぐとぃ ちぃじぃく&br;
 みゆぬ うれしいさや&br;
 (みゆぬ うれしぃさや)&br;
 ゆゆるとぅしぃ までゐもエー&br;
 わかく なゆり&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
お祝いごと 続く&br;
御代の 嬉しさや&br;
(相方ハヤシ)&br;
寄る年 までも&br;
若く なっていく&br;
}}

#splitbody{{
3.エーイ&br;
 とぅらぬゐや かけぃてゐ&br;
 やなぎばな うけぃてゐ&br;
 (やなぎばな うけぃてゐ)&br;
 しぃんりはる ふにぃ&br;
 いとぅぬゐぃから&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
虎の絵を 掛けて&br;
柳の花を 活けて&br;
(相方ハヤシ)&br;
千里走る 舟&br;
絹の 上から〔走るようだ〕&br;
}}


「中山風あさばな節」(ただ「中山風」といわれる場合もある)伊仙町馬根((註3の箸、609頁に四本カネ歌唱の詞章が載る(採譜はない)))&br;
#splitbody{{
1.ハレー&br;
 なかやま ふうや&br;
 なれぇこでゐきゅたむん&br;
 ハレー さぴゐちぃ たてばしなんてゐ&br;
 ちいかんとぅち ゐにぃんで&br;
 まくり くまちゐ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
中山風〔あさぱな節)を&br;
習い込んで 来たが&br;
ハヤシコトバ さびち〈川の名〉立て橋で&br;
落として しまって&br;
ないよ&br;
}}


#splitbody{{
2.ハレー&br;
 かなしゃ うちぃふりぃてゐ&br;
 さびちぃごや わたてゐ&br;
 ふらんで なちぃぐりぃに&br;
 ハレーみすでゐ ぬりぃてヨ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
愛しい人に うち惚れて&br;
さびち川を 渡って&br;
降りもしない 夏雨に&br;
ハヤシコトバ み袖を濡らしたヨ&br;
}}


「(母間)あさぱな節」徳之島町母間((田畑英勝、亀井勝信、外間守善編「南島歌謡大成V奄美篇」(角川書店1979)、517頁に、筆 者採集の詞章を収載。))&br;
#splitbody{{
1.あきばなぐゎと おうたるむんやねん&br;
 なんで ゆあかしうとてんま&br;
 あざぱなぐゎと おうたるむんやねん&br;
#split
あさばなグゎ(曲名)と見合うものはない&br;
なんと 夜明かしして歌っても&br;
あさばなグゎと見合うものはない&br;
}}

#splitbody{{
2.アレ&br;
 さんしるぐゎぬ みくいきけばイ&br;
 なんで わきゃなるむんや&br;
 アレ&br;
 だちゅるくゎも しりてぃんなげるイ&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
三味線グヮのみ声を聞けば&br;
なんと私のような者は&br;
ハヤシコトバ&br;
抱いている子を 捨てて投げる&br;
}}

#splitbody{{
3.アレ&br;
 みかなららんや わきゃふりれらんど&br;
 ういたがうとゆる さんしるなんどイ&br;
 ふりてきゅんど まようてきゅんど&br;
#split
ハヤシコトバ&br;
〔あなたの〕身には 私は惚れないよ&br;
あなたが歌っている 三味線にこそ&br;
惚れて来たよ 迷って来たよ&br;
}}

 他島と同じように、歌唱形式上の特徴を押さえておこう。&br;

(1)歌詞と詞形&br;
 内容的には、「井之あさばな節」が祝いの文句でまとめられている以外には、恋歌、教訓歌な
どと雑多である。これは、歌掛けで歌われる以上、当たり前のことであるが、問題は8886調歌
詞とそれにやや近い4句体歌詞、そして奄美大島の「あさばな節」に近い3句体歌詞とが混在し
ているということである。&br;
 その音数律をあげてみると以下のようになる。&br;


「亀津あさぱな節」歌詞  1・9・8・7・8&br;
            2・8・10・10・14&br;
            3・8・9・9・8&br;


「井之あさばな節」     1・8・8・8・8&br;
            2・8・8・8・6&br;
            3・8・9・9・8&br;


「中山風あさばな節」   1・7・8・10・14&br;
            2・8・8・9・7&br;


「(母間)あさばな節」 1・15・12・15&br;
            2・12・10・12&br;
            3・15・15・12&br;

 最初の凡例で示したことだが、奄美方言では音数を数える場合、「ん」の扱いがきわめて難し
い。例えば「母」を意味する「あんま」だが、特に歌の場合、「ん」を拗音のようにして「あん.
ま」と2音で歌ってしまうこともあるし、「あ・ん.ま」と3音で歌うこともあるからである。
ここでは、文字に表れた「ん」は全て1音と数えたが、実質は0音とした方が相応しいものもあ
るということである。それを前提に、上の音数律一覧をみると、もっと音数が減ることが予想さ
れるのだが、「地津あさばな節」「井之あさばな節」「中山風あさぱな節」の場合は、8886鯛ない
し8888調の4句体歌詞に収散されていく傾向は否定できないと思う。ここで喜界島であげた「あ
さぱな節」の歌詞が1首を除いて8886調であったことと、奄美大島の「あさぱな節」が、ABC
の3句体歌詞であったことを思い出さないわけにはいかない。なおかつ、私自身、実際に歌われ
たのを聞いてはいないが、徳之島の「あさばな節」で、奄美大島の「あさばな節」と内容的にも
きわめて近い3句体歌詞が記録されていることは事実である((久保けんお箸「徳之島の民謡」(NHK鹿児島放送局1966)に&br; あんくもぐゎぬ さんべさんべ/わきゃかなしや/あんくもぐゎぬ さんべさんべ&br;(あの雲グヮの 下だ下だ/私の恋人は/あの雲グヮの 下だ下だ 同書67頁)&br;にわとりたまごや かなさてどあゆり/わきゃや うやどりなて/しとめてよれ うさてぶさや&br;(鶏と卵は 愛しあっている/私は 親鳥になって/朝夜 抱いていたい 同書68頁)&br;が載せられているが、これらは奄美大島の下記の歌に照応するものであろう。&br; あんくもくゎぬ したやらめ/わんかな やくめや/あんくもぐわぬしただろよ&br;(あの雲クワの下だろうよ/私の恋人の 彼は/あの雲グヮの 下だろうよ)&br;註6の箸58頁、原文2句目「わんかなかな・・」とあるが誤植と思われる。&br; かなしゃんちゅや にわとりたまど/わぬや うやどりなとて/しかまよれ おさとりぶしやや&br;(愛しい人は 鶏と卵〔のようなもの〕/私は 親鳥になって/朝晩 抱いていたい 註6の箸68頁)))。&br;
 ともかく4句体歌詞と3句体歌詞がどうして混在しうるのか、そしてどちらが本来的なものな
のかが問題となるのである。&br;

(2)ハヤシコトバ&br;
 母間の1を除いては、「エーイ」「ハレ」「アレ」といった音声調節と歌詞を誘い出すようなハ
ヤシコトバが歌われる。これは奄美大島の2種の「あさぱな節」と同様である。母間の場合は
「ハレ」が入ったり、入らなかったりして不規則的だが、私には一番素朴な「あきばな」に感じ
られる。&br;

(3)相手方ハヤシ&br;
 「中山風あさばな節」と「(母間)あさばな節」には相手方ハヤシが入っていないが、たまたま
この採集資料が、一人の歌い手から聞いたもののためである。前者は2句目のあと、後者は1句
目のあとに入ることは確認してある。つまり相方ハヤシの入るところが、上下句の句切りとなる
ことは、奄美大島の「あさばな節」と同じだと思う。&br;
 なお、相方は適当なハヤシコトバをそれに当てるか、歌い手の前の句をそっくり反復する力、の
どちらかだが、これは奄美大島の「長あさばな節」の原則そのままである。&br;

(4)歌詞反復&br;
 「(母間)あさばな節」のABC3句体歌詞において、C=A現象がみられる以外には、歌詞反復
はない。つまり「長あさばな節」系統の歌は徳之島では歌われなかった、と結論してよいと思う。&br;

(5)旋律の反復&br;
 「(母間)あさばな節」でABCを歌うとき、AとC部分の旋律が重なる以外には、反復はみられ
ない。&br;

 以上3島の「あさばな節」系民謡を、主に歌唱形式の面から観察してきた。奄美以外に、沖縄
の八重山地方に「あさぱな節」系の歌が残っていることは、近年知られてきたが((八重山の「あきばな」については、註12の箸で扱ったことがある。153-5頁参照))、奄美
大島の「一切りあさばな節」に最も近さを感じる、という以外にここではこれ以上触れないこと
とする。ともかく、奄美の「あさぱな節」系民謡を解明する資料はこれで整ったわけである。と
もかく観察と分析の結果、現段階ではっきりしたことは次の2点である。&br;

+歌唱形式からみて、上下句が不均衡、かつ複雑な歌詞反復を持たない短い「あさぱな節」系統と、上下句均等、かつ複雑な歌詞反復を持った「長あさばな節」系統にわかれること&br;
+詞形的に、8886調に近い4句体歌詞と、不定形的なABC3句体歌詞が用いられること

   「あさぱな節」系民謡生成の謎に迫ることは、その先後関係を問うことに他ならない。&br;
 ただ「あさばな節」成立についての考察を進める前に「あさばな」という曲名の由来について
触れておこう。&br;


**5. 曲名の由来&br; [#c3d2dce0]

 曲名の由来につていは、今日歌う人、聞く人の間ではほとんど分からなくなっている。研究家
の間で最も有名なのは故文英吉氏の説で、次のようなものである。&br;


 曲名の朝ばなは、朝の入り口、朝の初まりで夜あけ、れい明という意味を持ち、やがて事の
 初まりといった意味にも発展した・・・.((文英吉著「奄美民謡大観(改訂増補版)」(自家版1966、ただし1953年には執筆がすんでい た)187頁「朝ばな節」の解説参照))&br;


 「朝ぱな(端)」という語句が「夜明け」の意味で歌われている例は、沖縄八重山の、有名な民
謡「鷲の鳥節」にあり((喜舎場永珣著「八重山民謡」(沖縄タイムス出版部1967)の「鷲ヌ鳥節」の項(61-88頁)など参照))、文氏もそれを証拠の1つとしたのである。&br;
 この説は、全国に読者が多い岩波文庫の「日本民謡集」にも踏襲されていて、今も大変影響力
が強い((町田嘉章浅野建二編「日本民謡集」(岩波文庫1960)393頁参照))。&br;
 このほか、口碑としては、次のようなものがある。&br;


 あさばな(朝花)は、朝に根を差したら、すぐ根付くように簡単に歌えるところから付いた。
[奄美大島]((註2の箸、243頁参照))&br;


 あさぱなは、浅く(軽く)歌うところから付いた名である。[徳之島」((註37に同じ))&br;


いずれも、私には索強付会の説に感じられ、真説を求めていたとき、先ず徳之島の「亀津あさ
ばな節」で、&br;


 あさばなにぃん ふりぃてゐ&br;
 わっきゃや ふりしぃてゐてゐ&br;
 はなぬ さうりゐや&br;
 わっきゃくとぅ うめぇぶしゃれえ(既出、「亀津あさばな」)&br;


 という歌詞が歌われていることを知り、その他、文献なども含めて次々と同系統の歌詞が奄美
大島、喜界島、徳之島の全域で歌われていたことを知るにいたった。以下は引用した文献の原文
のままにあげておく。(共通語訳は筆者)&br;


奄美大島芦検&br;
#splitbody{{
 朝花に打ちふれて&br;
 童妻かめて&br;
 花のさふれらば&br;
 吾事思めよ((本田安次著「奄美の旅」(1964)収載「芦検民謡ノート」192頁参照))&br;
#split
朝花〔のような女〕に惚れて&br;
幼な妻を貰って&br;
花が萎れたら&br;
わが事を思ってください&br;
}}


喜界島
#splitbody{{
 朝花に狂りて&br;
 吾妻暇くれて&br;
 にゃまに思りぱ&br;
 吾肝やみゅり((註25の著書、300頁参照))&br;
#split
朝花〔のような女〕に惚れて&br;
わが妻を暇に出し&br;
今に思えば&br;
わが心が痛む&br;
}}


徳之島山
#splitbody{{
 あきばなにふりてぃ&br;
 わらべとぅじかめて&br;
 はないさおれらぱ&br;
 わくぅとぅめしょれ((註31の箸、518頁、筆者採集))&br;
#split
朝花〔のような女〕に惚れて&br;
幼な妻を貰って&br;
花が萎れたら&br;
わが事を召してください&br;
}}

同上
#splitbody{{
 あさぱなにふりて&br;
 むとぅしゅらちねらんど&br;
 むとぅしゅらちさきや&br;
 まさるゆやねんど((註41に同じ))&br;
#split
朝花〔のような女〕に惚れて&br;
元と末〔の区別〕がなくなった&br;
元と末が〔なくなった〕先は&br;
優る世はないよ&br;
}}


 奄美民謡の曲名の付けられ方をまとめてみると、&br;

 ①歌の目的や場が曲名となるもの・・・「別れ節」など&br;
 ②ハヤシコトバからとられるもの・・・「ヨイスラ節」など&br;
 ③打ち出しの歌詞の冒頭句からとられるもの・・・「芦花一番節」など&br;
 ④歌われている人名からとられるもの・・・「かんつめ節」&br;
 ⑤歌われている、あるいは伝わってきた土地の名からつけられたもの・・・「徳之島節」など&br;
 ⑥曲の形態からつけられたもの・・・「一切り節」など&br;
 ⑦三味線の調子からつけられたもの・・・「二上がり節」など&br;
 ⑧歌に付随する踊りの形態からつけられたもの・・・「足踏み踏み」など&br;
 ⑨その他&br;

のようになるが、このなかで圧倒的に多いのが、③なのである。なんどかいっているが、奄美の
歌は、掛け合いで歌われるのが基本であり、出てくる歌詞はその場その時によって何が出てくる
かは決まっていない。しかし、打ち出しの歌詞だけは決まっている場合が多く(それすら決まっ
ていないものもある)、曲名もそれから付けられる場合が相当の数にのぼる。&br;
 これだけの歌詞が残っている以上、「あさばな節」の曲名もそこから付いたと考えるのが自然
である。曲名としては残ったが、肝心の歌詞そのものは、あまり歌われなくなってしまい、こん
な意味不明の状態になったのである。&br;

 実は、「あさばなにふれて・・・」の歌詞が、島の人々の頭で結びつきづらかったのは、特に
奄美大島では、「あさばな節」「長あさぱな節」ともに儀礼歌的な趣があり、それと歌詞の内容が
あまりに乖離していたからだという、同情すべき事情が考えられる。&br;
 しかし、曲名の問題はこれで終わるのではなく、−体今日の「あさぱな節」系民謡の、どの段
階でこの名がついていたのかということは、われわれが知りたい重要問題の1つだといえる。&br;


**6.「ほこらしや節」から「長あさぱな節」へ [#f919d43f]

 曲名の問題とも大きく関わるが、ここで「長あさばな節」の原曲ともいうべき「ほこらしや節」
の存在を述べておかなければならない。奄美大島の「一切りあさばな節」のところでも少し触れ
たが「一切りあさばな節」と「ほこらしや節」には、島太鼓も加わり、そのテンポも雰囲気もよ
く似ていて、対のようにも考えられている。もちろん祝い歌としての性格は濃厚である。そして
肝心なのは「長あさばな節」とほとんど同じ歌唱形式を持っているという点である。&br;


 遊び歌「ほこらしや節」瀬戸内町諸数((註2の箸243-4頁に、福島幸義氏歌唱の詞章を掲載、筆者採集))&br;
#splitbody{{
  エーイ&br;
  ほこらしゃよ&br;
  ハレー&br;
  いてィよ&br;
  いてイよりも まさり&br;
  イヤハレ&br;
  いてぃよ&br;
  いてぃよりも まさり&br;
  いてぃも きょぬごとに&br;
  ハレ&br;
  あらち&br;
  あらち たぼれ&br;
  イヤハレ&br;
  あらち&br;
  あらちたぼれ&br;
#split
a&br;
A&br;
b&br;
*B&br;
B&br;
c&br;
*B&br;
B&br;
C&br;
b&br;
*D&br;
D&br;
c&br;
*D&br;
D&br;
}}


 この諸数の例では、1句目は「きょうぬ ほこらしやや」という8音の部分句というより「ほ
こらしやや」という5音の句である、とみなす方が相応しい。&br;

 「諸鈍芝居」の「ほこらしや」瀬戸内町諸鈍((註2の箸244-5頁に、吉川彦一氏歌唱の詞章を掲載、筆者採集))339頁&br;
#splitbody{{
  エー&br;
  きょうぬ ほこらしゃや&br;
  ハレ&br;
  いてぃよりも まさりや&br;
  ハレ&br;
  いてぃよりも まさり&br;
  エー&br;
  いてぇむ きゅぬごとに&br;
  ハレ&br;
  あらち あらち たぼれや&br;
  ハレb&br;
  あらち あらち たぼれ&br;
#split
a&br;
A&br;
b&br;
B&br;
b&br;
B&br;
a&br;
C&br;
b&br;
*DD&br;
b&br;
*DD&br;
}}

 あえて2つの採集例をあげたが、諸鈍芝居の「ほこらしや節」は4句目の「あらちあらち」
という部分句の反復はみられるが、これは上下句同じ旋律で歌うために4句目「あらちたぼれ」
の6音を、8音に近づけるためにとった方法である。「長あさぱな節」における部分句とは、全
く違うものと断じなければならない。つまり、諸鈍芝居のそれは、A*BB*BB/C*DD*DD型反復を
ABB/CDD型に簡略化してしまった例とみなすことができる。&br;
 諸数の例は、相方ハヤシは省略されており、かつハヤシコトバに違いがあるが、「長あさばな
節」と判で押したように唱歌形式が一致する。&br;

 それと、諸鈍芝居の姉妹芸能とみなされているものに、瀬戸内町油井の「十五夜踊り」がある
が、ここでは近年「ほこらしや節」の変わりに「長あさばな節」が歌われるようになった((1980年代の筆者見聞による))&br;
 これも単なる偶然ではなく、両者の繋がりを示す資料だといえよう。&br;

 ついでだが、笠利町節田に伝わる「正月マンカイ」も、むろん正月の祝い歌的性格を持つもの
だが、その歌唱形式が、「ほこらしゃ節」に近い((セントラルレコード0-26「奄美民謡名曲集(中部北大島篤)」(1972)収載の「(節田マンカ イ)正月マンカイ」(節田地区有志歌唱)による))。&br;

#splitbody{{
がんじつぬ しかま&br;
とこむかて みれば&br;
うらじると ゆじる&br;
ゆわい ぎょらさ&br;
#split
元日の朝&br;
床に向かって見れば&br;
ウラジルとユジル(ともに植物名)の&br;
祝いのきれいさ&br;
}}


の8886調歌詞が、次のように歌われる。&br;

#splitbody{{
 がんじちぬ しかま&br;
 ハレイー&br;
 とこむ&br;
 とこむかて みれば&br;
 ヤハレーイ&br;
 とこむ&br;
 とこむかて みりぱ&br;
 (とこむ&br;
 とこむかてみりぱ)&br;
 うらじると ゆじる&br;
 ハレ&br;
 ゆわい&br;
 ゆわい ぎょらさ&br;
 ヤハレーイ&br;
 ゆわい&br;
 ゆわい ぎょらさ&br;
#split
A&br;
a&br;
*B&br;
B&br;
b&br;
*B&br;
B&br;
(*B&br;
B)&br;
C&br;
a'&br;
*D&br;
D&br;
b'&br;
*D&br;
D&br;
}}

 以上の歌唱形式を比較してみると、私にはこの歌も「ほこらしや節」「長あさぱな節」と無関
係とは思えないのである。&br;
 ともかく「長あさばな節」以前に、「あきばな」の歌詞とは関係なく、祝福の歌があったと考
えるのが自然である。&br;


**7.「あさぱな節」から「長あさぱな節」への推移 &br; [#ha1b7472]

 前述の通り、私は20余年前の論文で、上下句同じ旋律の「長あさばな節」が2つに分かれて
短い「あさぱな節」が生まれたと自信を持って結論付けた。しかし、今この考えに疑問を抱くの
は、歌の生成の大きな流れからいって、上下句同一旋律の歌が2つに分裂したというよりは、短
い2つが合体して、1つの歌になったと考える方が筋道が通ると思うからである。&br;

 私がこのような考えに至ったのは、古代歌謡研究の泰斗、土橋寛先生に導かれて勉強した本土
民謡やわが国古代歌謡の研究成果によるところ((土橋寛箸「古代歌謡論」(三一書房1960)、「古代歌謡の生態と榊造土橋寛論文集中」などな ど参照))と、私自身の奄美、沖縄における鵺型
民謡の観察と分析の結果((拙論「奄美民謡における詞型・曲型・反復型の変遷」(南島史学会編「南島史学第17・18合 併号」1981収戟)、「琉球古典音楽における上句下句櫛造」(法政大学沖縄文化研究所紀要「沖 縄文化研究第13号」に収蔵)など))によるところが大きい。&br;

 特に前者について、私なりの解釈で要約するなら、日本歌謡の上句下句というのは、主に男女
の歌掛けによって成立したものである。そして上旬下句ほぼ同じ節回しで歌われたと推定される。
逆にいえば、上句下句が同じ旋律の歌曲は、かつて甲乙別々の人により、掛け合いで歌われてい
たともいえる、ということである。&br;
 この解釈をそのまま「長あさぱな節」に適用するならば、&br;


  きょうぬ ほこらしゃや&br;
  いつよりも まさり&br;
  いつも きょぬごとに&br;
  あらち たぼれ&br;

という文句は甲、乙2者で完成させた名残りということになるのである。より具体的にいえば、
甲が、&br;

  きょうぬ ほこらしやや&br;
  いつよりも まさり&br;

と歌えば、それに呼応し、同じ旋律を用い、同じハヤシコトバや、同じ歌詞反復をして、

  いつも きょぬごとに&br;
  あらち たぼれ&br;


と返歌したのだ、といってよい。
 ここで問題は、土橋氏は明らかに上句と下句合体したものを1つの歌の単位(1首)とみなし
たのに対して、奄美の歌い手たちは、88調ないし86鯛の2句体を1つの単位と意識していたと
考える方が実際的ではないかということである。なぜなら、奄美の歌掛けは果てしもなく何時間
でも行われることがあったから、いちいち上句下句で1首を完成していくというより、2句体の
短い歌詞で次々即興的な問答を展開していくという気持ちが強かったと考えられるからである。&br;

 ほかの論文ではいくども提示してきた事柄であるが、奄美、沖縄民謡には、実際に2句体歌詞
で掛け合う形の歌が相当数存在する。中でも徳之島の夏目踊り((註48の論文(前)にも提示))の歌に、その形のものが
多いが、奄美大島の八月踊りや徳之島、沖永良部の遊び歌のなかにも、わずかだがその形の歌が
みられるのである((奄美大島の八月踊りについては本考に提示。徳之島の遊び歌にある「一切り節」(あさばな 節とは全く関係ない)や、沖永良部の「原ぬ打ち豆じ節」などが、2句体を1節として歌う傾向がある。))。&br;
 一例をあげておく。&br;


 八月歌「あがん村」奄美大島、龍郷町戸口((註4の箸203-4頁に戸口郷友会有志演奏の楽譜、詞章が掲載))&br;
#splitbody{{
  1.(男)はちぃぐゎちぬ しちぃや&br;
       よりもどり もどりヨハレ&br;
       わきやが はたち&br;
#split
八月の 節は&br;
寄り戻り 戻り&br;
私の 廿歳&br;
}}

#splitbody{{
  2.(女)わきゃが はたちごろや&br;
       &size(12){ゆぬくれどぅ まちゅるヨハレ};&br;
       いちぃが ゆぬくれぃ&br;
#split
私の 廿歳頃や&br;
夜の暮れを 待つ&br;
何時に 夜が暮れて&br;
}}

#splitbody{{
  3.(男)ことし かほどぅしや
         &size(11){うまれどぅし あてぃどうヨハレ};&br;
       みちの あおくざ&br;
#split
今年 果報な年は&br;
生れ年で あって&br;
道の 青草&br;
}}

  4.(女)わかれてぃや いきゅり&br;
       ぬばかたみ うきゅりヨ&br;
       あすぃはだ&br;

 厳密にいえば、3句目の1部も歌われているから、2+半句体(AB*C型)ともいうべきもので
ある。見方によっては、4句体歌詞の下句の大分が歌掛けの過程で消滅してしまったと、とれな
いこともないが、本当はそうではない。1から2への継がれ方をみれば分かることだが、男が歌っ
た3句目の一部「わきゃがはたち」というのは、女側に新たな歌詞の初句を与えるという、厳然
とした役割を担っているのである。2から3、3から4でその機能が働いていないのは、その役
割を歌い手たちが忘れてしまったとしかいいようがない。&br;

 いずれにせよ、2句体歌詞のやり取りによって、この歌が続けられていることはあきらかであ
る。&br;
 このようにみれば「長あさばな節」も、2つが合体して成立したことを了解せざるを得ないの
であるが、改めて、笠利町佐仁の「長あさばな節」(既出)を例に、原「長あさぱな節」(原「ほ
こらしや節」といった方がよいかもしれない)の歌い方を推定すると、以下のようになる。&br;


#splitbody{{
1.(甲)ケエーイ&br;
     きよぬ ほこらしゃや&br;
     ハレーイ&br;
     いちィよ&br;
&size(12){(ヨイサヌヨイー ヨイサーヨイヨイー)};&br;
&size(12){いちより ヨーイ もィまィさイリィ};&br;
     ウセヒャイー&br;
     ヤハレー&br;
     いちィよィ&br;
&size(12){(ナツカシコロヤナマイジタンヨ)};&br;
&size(12){いちィよりヨーイもィまィさィリー};&br;
#split
a&br;
A&br;
b&br;
*B&br;
(c)&br;
*B+d+B*&br;
e&br;
f&br;
*B&br;
(g)&br;
*B+d+B*&br;
}}

#splitbody{{
2.(乙)ケーイー&br;
    いちもきょぬごとに&br;
    ハレーイ&br;
    あらィちィ&br;
&size(12){(シマイチバンジャムライチバンヨ);&br;
    あらィちたィぼィリ&br;
    ウセヒヤイ&br;
    ヤハレィ&br;
    あらィちィ&br;
    (ガンヨガンヨスミヨヌガンヨ)&br;
    あらィいちィたィぼイリィ&br;
#split
a&br;
C&br;
b&br;
*D&br;
(e)&br;
D&br;
e&br;
f&br;
*D&br;
(h)&br;
D&br;
}}

 ここでも様々な問題が派生する。なぜ、2句目が反復されるのか、[*B]という部分句は何を意
味するのか、といった事柄である。&br;
 奄美、沖縄民謡、いな本土民謡にあっても歌詞反復というのは、自ら念押しをするとともに、
歌掛けの際、相手方に、次の文句を考えさせる余裕をあたえるものと考えるのが常識である(註
52)。原「長あさぱな節」の場合もこれはそのまま当てはまるであろう。&br;
 問題は、「いちぃよ」「あらち」のごとき部分句の存在である。ここで思い起こしたいのは、つ
い先に例示した、八月歌「あがん村」である。このように、相手方に初句を与えて歌を続けてい
く形は、徳之島の夏目踊りの場合にも頻繁に出てくる。また、奄美大島の遊び歌のなかにも、相
当数、部分句が歌われるものがあり(「俊良主節」「やちゃ坊節」「むちゃ加那節」など)、その働きについて詳査することが急がれる。&br;
 今は、「長あさばな節」の場合も、部分句が歌われるのは相手方に初句を与えた、その形の名
残ではないかということと、歌い手自身、アクセントをおく1つの形でなかったのかとしか、考
えられないのである。&br;


**8.「あさぱな節」系民謡の詞形の変遷 &br; [#c6c58b27]

 さて、以上のように「長あさぱな節」ないしその原曲としての「ほこらしや節」が、短い曲節
が2つ合体して出来上がったということは認められると思うが、ではその短い曲節が、今ある
「あさばな節」ないし「一切りあさばな節」とどう関連してくるかいうのが、次の問題である。&br;
 3島の「あさばな節」系民謡をみてきたなかには、3句体、4句体の歌詞はいくつも出てきた
が、2句体の歌詞は1つも表れなかったという厳然とした事実がある。&br;
 しかしここで、1句目と3句目が同じ文句からなる3句体歌詞(ABC型)についてもういちど
考えてみたいのである。&br;

#splitbody{{
  いきゃとぅんべんにょ しまかや&br;
  かしがでゐ うがまらんむんぬ&br;
  いきゃとぅんべんにょ しまかや&br;
#split
A&br;
B&br;
C(=A)&br;
}}

 これを引用した際にも述べたことだが、この歌詞の成り立ちからいえば、けっしてCはAを反復
したものではない。Cを先取る形で歌ってしまった、いわばCの反復がAなのである。本当はBAB
型と記すほうがよいのかもしれない。&br;
 ともかく、このことを認めるなら、今の歌詞は、&br;


#splitbody{{
  かしがでゐ うがまらんむんぬ&br;
  いきゃとぅんべんにょ しまかや&br;
#split
A&br;
B&br;
}}

という立派な2句体歌詞とみなすことも可能である。&br;
 いずれにしても、当初「あさばな節」系民謡は、2句体歌詞で歌のやり取りをされていた。そ
の実際的な歌い方においては、「長あさぱな節」ないし「ほこらしや節」でみたような、A*BB*BB
の反復型を持った時期と、BAB型の反復をもった時期があったと、ここにわが仮説を提示してお
きたい。&br;
 それでは、短い「あさばな節」に、8886認ないし、それに近い4句体歌詞が歌われるように
なったのはどうしてか、ということである。&br;
 この仮説を踏まえれば、その道筋を示す答えはそれほど難しくない。&br;
 A(=C)BC型の歌詞が、やがて&br;

#splitbody{{
  にゃにゃりちゅんま ちかさありぱ&br;
  あさまよま かよて&br;
  ちゅりみりみり しらでゐうきゅみい&br;
#split
A&br;
B&br;
C&br;
}}

のようなA(≠C)BC型に成長していく。これにはほとんど時間はかからないはずである。&br;
 これだけの実質的な長さを与えられれば、8886調歌詞をがこれに代わるのは時間の問題である。&br;
 「あさばな節」の本場が、一体どこなのかを特定することは、乱暴だといわれればその通りだ
が、私はやはり短い「あさばな節」も「長あさばな節」もある奄美大島だと考える。その奄美大
島の短い「あさばな節」で、8886調歌詞があまり歌われることがないのは、その詞形がこの歌に
とって新しいからではないだろうか。&br;
 今一度、私の考える「あさばな節」系民謡の詞形の変遷を整理しておきたい。&br;


              AB2句体歌詞&br;
                 ↓
           ーーーーーーーーーーーーー
           ↓            ↓
                 ↓&br;
           ーーーーーーーーーーーーー&br;
           ↓            ↓&br;
        (あさばな節)     (長あさばな節)&br;
         BAB3句体歌詞     ABCD4句体歌詞&br;
           ↓&br;
         ABC3句体歌詞&br;
           ↓&br;
        ABCD4句体歌詞&br;


**9.「あさぱな節」系民謡の儀礼的性格の曲名&br; [#k955e0ef]

 特に奄美大島の「あさばな節」系民謡が祝い歌的な性格を強く持ちながら、「あさばな」とい
う曲名と、その由来となった歌詞の内容からから乖離しているは、7の項にも述べた通りである。
それに、「長あさばな節」が、かつては「ほこらしや節」といわれていたことや、今日残されて
いる「あさばなにほれて〜」の歌詞が、8886調ないし、それに近い形であることを考え合わせる
と、この歌が「あさぱな節」といわれるようになったのは、ABCD4句体歌詞が短い「あさばな
節」で歌われるようになった時期かと推定される。&br;
 もしそういうのなら、「長あさぱな節」が成立していた時期、この歌で歌われたのではないか
という推測も成り立ちはするが、これまで発見された資料ではそのこと窺わせるものは1 つもな
い。&br;
 では、どうして「長あさばな」などという名前だけは、付いているのだろう。それは、島の
人々の気持ちの中に、その歌は、やはり「あさぱな節」の姉妹歌だという意識が刷り込まれてい
たからである。&br;
 こんな例は外にもある。例えば徳之島に伝わる「島かんちみ節」がそうである。「かんちみ」
というのは、奄美大島の遊び歌「かんつめ節」に歌われる悲劇的な女性の、徳之島風の名前であ
る。しかし、なぜか「島かんつめ節」では、「かんつめ」は歌われないのである。では無関係な
のかといえばそうではない。奄美大島の「かんつめ節」は、もともとかんつめ自身が愛唱してい
た「草薙節」(またの名「飯米取り節」)が原曲といわれているのだが、「島かんつめ節」は、こ
の「飯米取り節」と同じ歌だったのである。新しい曲名が島々で知れ渡ると、その原曲にも、内
容は関係なく新しい名前が付けられるという例である。「長あさばな節」もその1つであったも
のに違いない。&br;
 残る問題で、「あさぱな節」系民謡に付随する祝い歌的性格はいつからあったのだろう。はっ
きりとした証拠はないが、その性格だけは当初からのものだと思う。何より「長あさぱな節」の
原曲が「ほこらしや節」であったことが、このことを物語っている。そこに、いつの時代に力、、
祝いとは全く関係のない「あさばなにふれて〜」の歌詞が付いたのである。&br;
 よく考えてみると、内容はともかく、祝いと花は、南島ではとりわけ似合う。歌う人たちは、
祝い歌にこの歌詞を取り込むにはさほど違和感を感じたとは思われない。そのかわり、案の定と
いうべきか、たちまちにその歌詞を忘却の彼方に追いやってしまったと考えられるのである。&br;


**10.まとめ &br; [#yc2e9f28]

 今思うと、「あさぱな節」の生成について考え始めたのは、奄美民謡を研究テーマと決めて以
来のことだと思う。いうまでもなく「あさばな節」が奄美民謡に欠くべからざる、重要な曲の1
つであるからだが、それにしても、大方の人は、たかが1つの流れの歌に、なぜこれほどこだわ
るのかと思われるに違いない。&br;
 それに対する答えは、1つ1つの歌の生成を解明することが、南島歌謡史、強いては日本歌謡
史のなかの、ささやかだがある一角を構築しているという実感があるからである。本稿で主題と
した上句下旬の問題も、日本歌謡史における、あるいは南島歌謡史における最重要問題の1つで
ある。ここで、「あさばな節」系民謡が、上旬下句が意識される以前のものである、と考えるだ
けでも1つの意味はあろうかと思う。&br;
 ただ、本文でも述べたとおり、部分句の反復のことなど重要な問題が未解決であり、将来あと
1回は改訂版を普く必要があるかもしれない。&br;

RIGHT:2001/1/6


RIGHT:(執筆者は本研究所所長,本学教授)

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