奄美の島唄

芦花部一番(あしきぶいちばん)

 全島的に大変知られた歌である。
○芦花部一番な 上殿地(うんとのち)ばぁ加那 くばや一番 実久(さねく)くばや
 (芦花部で一番の女性は上殿地のばぁ加那。くばや舟競争で一番は実久のくばや。)

※中山 ※殿地=部落の屋敷名。神高い土地とされる。くばや=小走などと当字されるが、板付け舟のこと。

がもと歌で、次のようにうたわれる。
/~ハレイあしきぶいちばんやヨー(ヨイサヨイヨイ)
 ハレイうんとのちちばぁかなヨーイ(ばぁかなヨイ)  ハレイくばやいちヨ いちばんヨーイ さねくくばやウセヨノヘー(ウセヨノヘー)
 ハレイくばやいちヨ いちばんヤーヨイさくくばやウセヨノヘー
 この歌についてこんな伝説がある。
 ある時、竜郷湾の干拓事業に島中から若者達が使役にかりだされた。いよいよ仕事が終わって夫々がシマに帰ろうとした時、せっかくだから自分たちが乗って来たくばやで伊津部の泊りまで競争をしようではないかということになった。競争がはじまった。さて、芦花部の沖に来た時、どうしたわけか実久のくばやだけが、岸にむきをかえるではないか。やがて彼等は芦花部に上陸し、うわさに聞く美女、ばぁ加那にあって手づから力水をもらう。それに力を得て再び舟に戻ってこぎだし、伊津部に着いた時は一番だった。−−−−というお話。
 いくら力水の効果があったとはいえ、いささか誇張のきらいはいなめない。いずれにせよ、この歌は「うなり神信仰」(女性に霊力を認める信仰)を背景に考えられるべきであろう。
 ところで、芦花部出身の研究家、福山ゆうぎ氏の「うやほじのうた」という本に八月踊り歌として「芦花部一番」があげられている。次のようにうたう。
/~いちばんや うんとのちばーかなハレ
 こばやいちばんや さねくこばやヨンドハレ
 こばやいちばん(ハーラオセオセ)こばやいちばんや さねくこばや
 なお同書の解説によると、もともと無名の踊り歌であったものが昭和四十一年ある必要があってシマの人々が協議の上、命名したのだという。これのうたわれ方を分析してみると、先ずヨンドというハヤシ詞を持っていること、そして下句のくりかえし部で、3句目「こばやいちばん」が二度まででてくるという特殊な反復型を持っているところから、他地で「祝付け」とか「あらしゃげ」」といわれている歌と同系であることは明らかである。つまり、三味線の付いたあそび歌「芦花部一番節」とは直接結びつきそうにないということである。しかし「ヨノヘ」と「ヨンド」はどこかでつながるのでは、といわれれば、これもあながち無視するわけにはいかない。
 私は今のところ全くの想像であるが、「芦花部一番節」の原曲は、こばやを漕ぐ時などにうたったイトゥではなかったかと見ている。

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-03-12 (月) 11:06:28 (3551d)