奄美郷土研究会

お知らせ

2010/04
会報第四十一号が発行されました。
記載ミス等があり正誤表の準備し、5月中には会員の皆さんに発送予定です。
(奄美市名瀬)市内の楠田書店やあまみ庵にて販売しています。
Table of Contents

歩みと概況

奄美郷土研究会 竹島忠男
2000/04/01

 昭和三十一年(一九五六)、奄美の歴史、民俗研究に造詣の深い五氏(文英吉 大山麟五郎 田畑英勝 平和人 島尾敏雄?)によって「奄美史談会」が結成された。研究集会は発足後二回ほど開かれたが、文氏の突然の死去によぅて流会となった。
 昭和三十三年(一九五八)一月十日「奄美史談会」の名で「奄美史談会再発足のご案内」が名瀬市在住郷土研究家、同好家三十五名に宛てて発送された。
 一月十七日午後七時、奄美日米文化会館で初会合、十九名の出席者の熱心な討議の結果、新たに「奄美郷土研究会」の名称で再出発し直すことになった。
 二月二十八日定例会が開かれ、つぎの二氏が発表した。(出席者十三名)

田畑英勝
「いのしし狩りの方言」
大山麟五郎
「近代日本における奄美の地位」

 なお島尾氏は、「奄美の文化」(法政大出版局)の中で、昭和三十年以来実施された「九学会連合奄美大島共同調査委員会」による島外からの調査が島内の研究者に大きな刺激を与えたことを指摘しており、また前掲案内文面にも記述されている。
 同氏は、昭和三十二年十二月、文氏の後任として奄美日米文化会館長に就任した。同館は、昭和三十三年四月鹿児島県立図書館奄美分館と改称され、分館長に島尾氏が補せられた。氏は郷土資料の収集と会の指導運営に積極的に取り込むことになったのである。
 本会の位置づけについて、前掲書「奄美の文化」の中でつぎのように述べている。
 「ー島内のまばらな研究家たちの孤絶したばらばらの研究を、総体相関の中で相補いつつ、研究を進める場を設けられたことになりましょうか。」
 会の充実発展と共に、入会者も増加し、昭和四十三年には百名を突破している。また研究実績を積まれた方々や研究機関等の加入もあった。名瀬市を中心に出発した会であったが、漸次他の地域にも影響を広めていったと推測される。
 当時すすめられていた市町村史(誌)の編集作業との関わりもあった。名瀬市の場合編集委員は殆ど本会のメンバーであった。双方の研究過程で共に相乗効果を発揮したと思われる。
 創立来、事務局を県立図書館奄美分館におき、その協力を得ながら継続運営、今日に至ったのである。

奄美郷土研究会40周年記念
発信する奄美1999ー奄美から奄美へ そして海彼へ」より

奄美郷土研究会 活動再開のお知らせ

2009年1月吉日

新春を迎え会員の皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、当研究会も昭和33年(1958)から今日まで研究活動を推進し、地域の文化興隆に少なからず寄与してきたものと思います。
しかし、この数年活動が停滞し、会報も平成14年38号・同17年39号「日本復帰の思い出特集号」発行と滞り、また、38号では「3年間会費未納者は退会とみなします。」としたために会員の所在が不明な事態となり、会員を始め関係者各位に大変ご迷惑をおかけしておりました。
その様なことから、時代の趨勢を反映し、その活性化を求める意見も数多く寄せられました。この際、今までの歩みを検証し再生に向けて鋭意話し合いを進め役員・会則改正などを行い漸く平成20年12月に会報第40号を発行することができました。
しかしながら、この間に会員の所在も不明瞭なものとなり、全会員へのご案内ができません。
そこで、会報発行を機に当研究会は

  1. これまでの責任を問わない。
  2. 初心に戻る。
  3. 会員相互の親睦に努める。
  4. 会報の発行を第一に考える。

この4項目を指針として活動を再開し、当研究会の再生を考えております。

奄美郷土研究会会長竹島忠男・事務局
年会費
3,000円
振込先
名瀬郵便局 普通 0137948
奄美郷土研究会会長竹島忠男

 県立奄美図書館が開館しましたが、しばらくは下記住所が事務局となります。
奄美郷土研究会事務局
894−0036 奄美市名瀬長浜町29−4(山岡方)
TEL:0997−52−8014

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Last-modified: 2010-05-11 (火) 15:51:14 (3136d)